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2015年2月27日金曜日

Radio Angels 第3話




 街に買い出しに行ってから更に数日後の夜半。
エディはサイモンと、彼のピックアップに乗って予てから約束していた"黒曜石の谷"へ向かっていた。
 黒曜石の谷とは、古くから在るネイティブアメリカンにとっては聖地の一つで、壮大なグランドバレーである。
 渓に一筋の黒曜石を含む地層が黒い帯となって見える事からそう呼ばれているがそこは、二人にとって最初に出会った場所であり、同時にお気に入りのヒーリングスポットで昼間行く事はあったが、こうして夜中に出かけるのは今日が初めてだった。
 今回は、サイモンから渓谷の別の顔を見せると聞いていたので、エディはとても楽しみにしていた日でもあった。

 夜空は雲が殆どなく晴れ渡り、天にはこれでもかと言わんばかりの星ぼしが煌めいていた。
 この辺りは殆ど雨が降らない乾燥地帯で、気温はやや冷え込んだ乾いた空気に、辺りは3.6リッターディーゼルのエンジン音と大型タイヤが土石を弾く音だけが響いていた。
 エディはその車の助手席で揺られ、車窓から遠くに明るく霞む地平線と渓谷の間をボンヤリ眺めていた。
「あの谷は神聖な場所だ、コヨーテや狼がかつて群がって人を寄せ付けなかった」
「僕達の祖先の白人が、インディアンを追い出したんだよね」
「それもそうだが、何よりも彼らは聖地をただの観光地に変えてしまったんだ」
「クリスチャンなら、ローマ教会を踏み荒らすみたいなものなのに、残念だよ」

 エディはサイモンの表情を伺ってから顔を反対に向けて、流れて行く風景の更に遠くに視線を移した、そのとき山の麓から光が空に立ち昇るのを見付けた。
それを目で追っていると、その光の点は二つに別れて斜め上方に登っていく、その不思議な動きに暫くは見とれた。
その後は、自由に星に紛れるように飛び回っているのだ、エディは流石にサイモンを呼んだが彼は特に驚く様子も無く真顔で答えた。
「軍施設方面エリアXだな、あの辺りでは珍しくない」
「え?あれが軍のUFOなの?」
「そう言う者もいるが、そんなモノではない」
「じゃ、何んなの?まるで生き物みたい」
「あの光は昔から見られたよ、インディアンの間ではまやかしの光と言って人が星を頼りに移動するのを邪魔をするんだ」
「へぇー」
エディは昼間に聞いたカーヴィンの話しより真実味を感じた。
「でも我々は、差し当たる危険を知らせてくれたりもする神聖な存在と考えている」
「なんか悪魔と天使みたいだ」
サイモンはエディのユニークな意見に、前を向いたまま苦笑いで応えた。




 それからは二人は沈黙し聖なる夜を楽しんだそして、一時間を費やして渓谷の近くの停車地まで辿り着いた。
その場所は夜行ならサイモンの様な余程詳しい者が居ないと到底行けない場所で、それだけに何か人を惹きつける魅力のある場所だった。
 星だけの薄明かりでうっすらと巨大な渓谷の輪郭がトレースできたが、車のサーチライトが谷に吸い込まれていたが、消されると、一気に闇が広がった。
間もなく深いと思っていた闇に目が慣れると、夜空には月や惜しげも無く煌めく満点の星明かりで、思ったよりハッキリと風景が見える様になった。

 人が作る明かりが一切無い月星だけが照らす壮大なパノラマ、初めて見るその荘厳な荒野は何人も寄せ付けぬ迫力を感じる、しかしエディは不思議と恐くなかった、
「どうだい?」
「聖地だよ、ここは」
昼間のそれとは全く違う表情を見せつけられてエディは軽いショックと大きな感動を受けた。
「さあ、渓谷へ行こう」
二人はゆっくり黒曜石の谷へと近づいていく。
 遂にその切り立つ先端に立って思わず身が引き締まる、空とは対照的な谷底に広がる深い闇に一瞬ひるむも、サイモンの堂々とした姿勢に、エディもやがて少しづつその闇と溶け込もうとするかの様に心を研ぎ澄ませていった。

 闇に紛れれば、人は僅かでも光を利用できる。
神がなまじ光を与えたがために、人は闇を恐れなくてはならなくなった。
闇と素直にすりよれば、人は強くなれるのに。

 光は闇を生む、光が強ければなお、闇も尚強くなるのだ。
人よ!恐れず余計な光を求めず、闇に慣れ一体となれ。
自ずと闇は恐れるに足らず、心安らぐ支えとなろう。

「我々の大地の神は、正しい闇の力を教えてくれるのだ」
そうサイモンは話してくれた。
 エディはこの経験で益々この大地が好きになり、自分も自然の一部なのだと信じられた。


 その翌日昼間、エディの家へ珍しく訪問者が現れた。
アースカラーの迷彩を施したジープが2台止まり、三人の正装軍服姿の男達がやって来るなりこう言った。
「最近、この西にあるバレーに出掛けて夜中空に光物体を見なかったか?」
たまたま門の柵を修理していたサイモンが応対したが、まるで昨夜の事を見ていたかのような男達の話ぶりに、彼は心中穏やかでは無かったが、努めて真直に相手を見据えた上で首を大きく傾げて理解できないとポーズをとり、
「星なら一杯光ってたな、アレがどうかしたかい?兵隊さん」
ゆっくり何度も頷きながら言うと、
「変わった動きをする流れ星は見なかったか?」
明らかに誘導尋問だと察して釣られた振りで、
「宙返りする星があったら是非見たいな、何処で見れる?」
と切り返すサイモン。すると相手は歯切れが悪くなって、
「高空の大気の状態が不安定だと、流れ星の軌跡が不自然に見える事が在るようだ」
と自らの尋問を適当に辻褄を合わせてきた。
「小難しい理屈私には学が無いから興味無いな」
あくまでとぼけ通すサイモン、
「それがいい、アンタも勘違いしてUFOでも見たと吹聴しないように、地域治安に協力願いたい」
漸く思い違いと納得したようだ、
「とんだ笑い者になる前に、教えてくれてありがとう」
彼らは最後に、ここ最近自称UFO研究家なる輩がやたら調査に来るらしい事をほのめかし、興味本意で接触しないようにと、釘をさしてから去っていった。
 遠ざかるジープを確かめた後でため息をついてから、昨夜エディと見た宙を飛び回る光を思い出していた。

 その夜、サイモンは柵の修理に時間がかかった事もあって、エディの家に泊めて貰う事にしたが、夕食後エディと二人になった際に昼間の訪問者の話を持ちかけた。
「光るモノって、アレが?」
「エディに飛び込んで来たアレだろうな」
渓から戻ろうとした時、地平線の彼方に遊ぶように飛び回る二つの光を二人は見たのだった。

 それは暫く接触・分離を繰り返しながら近くの空まで来て幾何学的な奇跡を描いていたが、突然目にも留まらぬ速さでその内の一つがエディにまっしぐらに飛んできて、躊躇う間もなく合体してしまったのだ。
「エディ!」
光が少年にまとわりつく様に明滅したのも束の間、抜けるようにスッと垂直に急上昇したかと思えば、複雑に色を変えてまた何かの軌跡を残して軍敷地方面へ消えていったのだ。
「大丈夫かい?」
身動きしない彼に成す術も無かったサイモンが駆け寄って抱き起こす。
 エディは渓の近くに停めたピックアップの中でも暫くは動かなかったが、意識を取り戻したのは小一時間経ってからだった。
 しかし、サイモンが安心したのも束の間その直後、基地方面からヘリのプロペラ音が聞こえ出し、サーチライトが辺りをうろつき出したので、急いでその場を離れたのだった。

 その事は、エディの頼みでリサには内緒にしてあったが、サイモンは大事が無いか心配だった。
「アレから何か体調は変化ないかい?」
「うーん、身体は何とも無いけど…」
目玉をくるりと一回転してから、コクッと頷いたものの半信半疑な顔で、
「変わったことはあったよ!」
「変わったこと?」
「隠してあるラジオから夜に声が聞こえる様になったんだ」
「えっラジオ?」
エディは例の黒い箱を"ラジオ"と呼んでいた。
「まるでラジオ番組みたいに語りかけて来るんだ、電源入れたらママに見つかるから今は切ってある」
 そう言って、その澄んだ声のイメージから声の主をエンジェルと名付けて会話を楽しむ様子を嬉しそうに話す。
 それで少し安心してサイモンも興味を示したので、特別にエンジェルを紹介しようと普段通りラジオの電源を入れた。
「じゃ、始めるね」
 ところがところが、エディが話す声は聞こえても肝心のエンジェルからの声はサイモンには聴き取れないらしい、一生懸命会話を披露するのに彼は首をただひねるだけで、エディが独り言を言っている様にしか見えないらしい。
 結局サイモンを親友として紹介は出来たようだが、彼には最後までエンジェルの声は届かなかった。
「聞こえなかったの?」
「残念だ、子供の耳しか聴き取れない波長かもしれんな」
サイモンのもっともらしい言い訳にエディは苦笑した。
 その後にリサが風呂に入って寝るように声をかけてきたので、二人は話しを止めてエディは浴室へ向かった。
 一人残ったサイモンはその沈黙の黒いラジオをじっと見つめ、それが何なのか?思案しながら窓の外の夜景を眺めていた。


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